本の行方

久方ぶりに近所の古本屋に行つた。実は此処に寄るにはある覚悟を持つて行かなければならなゐのだ。目当ての本を探し出した後、店主との話が必ず長くなるのだ。昨夜もおよそ1時間半おしやべりをしてきた。古本といふ割と好事家の集まる商売人との話は、当たり障りのなゐ世間話などに終始することはまずなゐ。昨夜も行き成り業界四方山話で始まつた。彼の話によると本が無くなる時代が来るさうだ。これから本の形態は印刷物でなく携帯端末からデータ(小説など)をダウン・ロードしたものになるらしい。さうなると出版社は出版をせず、配信という方法にシフトして行くだらうとのことである。ペーパー・レスになる訳である。その予兆は感じてゐたと彼は話す。彼らが組織する古本組合で岩波書店広辞苑について話題になつたことがあつたさうだ。流行の電子辞書に広辞苑だけは入らなゐだらうと彼らは思つてゐた。然しあつさりとその予想は裏切られた。最新版である第六版はかなりの数が売れたと岩波からアナウンスされたが現物は何時まで経つても古書に回つて来ない。売れたのは電子辞書の生産台数分をカウントしてゐるからであり、印刷物としての広辞苑は大学や図書館、一部の好事家達に行渡つただけといふのが実情のやうだ。かうして出版がされなくなつていくと印刷に携わる仕事は先細りになりやがて消滅する。グーテンベルグが実用印刷機を発明して以来続ひて来た文化が終焉を向かへるのである。生き残るのは売れる作家を擁した配信社(=出版社)の時代が来る。そして何時の日か本といふ概念は紙に印刷されたものから端末のことを指すやうになるのだらう。寂々たる思ひで店を出た次第である。