ピスト その1

近づく台風の間隙を縫つて昨夜ピストに乗つた。ほんの20,30分の短時間だが、買つてから殆ど乗る時間がなくこれが初乗りと言つていいだらう。「さあ、これからピストに乗るんだ」と意識を切り替へたつもりでも所々で普段の癖が顔を出す。例へばペダルを回転させながらカーブを曲がる時。トラツクを走つた経験がある人ならともかく一般道をゆる〜くしか走らない僕は無意識にペダルを漕ぐのを止めてしまふ。回り続けるクランクはトウー・クリツプで固定された足を突き上げる。体を傾斜させながらペダルを漕ぐといふのはけつこう恐怖である。路面に接地するほど傾斜はしてゐないのだらうが思はず体は硬くなる。自分のレベルではどの程度の速度と傾斜でカーブを抜けることが出来るのか僕自身が知らないし、履いてゐるタイヤの性能も分からない。言つてみれば何一つ分かつてゐないといふことが唯一分かつてゐるのである。無知の知といふやつである。自転車の事故は想像以上に大怪我になることがあるし、最悪の場合は生死に関はることもある。分からないことを知つてゐればさう無鉄砲なこともしないで済むと自分を慰めた初日であつた。