ヤキガマワル

どうやら僕も焼きが回つてきたらしい。先週の木曜日には財布を落とした。気が付いたのは翌日のお昼頃。あちこちと探したのだが見つからず、立ち寄つたうどんやに電話してみると保管してくれてゐるとのこと。名刺が入つてゐるのだから連絡してくれてもいいだらう、とは思つたものの笑顔で受け取り一件落着した。昨日はカメラを肩に掛けてノコと散歩したのだが、帰宅してカメラを見るとバツテリーを入れる蓋が開いてゐる。てつきり電池を落としたと思つて一人で歩いた道を戻つて探し回る。どこにも見当たらない。帰つてからカメラを確認すると蓋が開いてゐるだけで電池はあるべき場所にあつた。考へてみれば当然のことである。大概のカメラにはバツテリーが脱落しないやうにストツパーがあるものなのだ。僕の早とちりである。電池があるかないかを確認すれば済むことなのにそれをしなかつた。いや、しなかつたといふのはやや正確さを欠く。日常でこんなことが続くと自分に対する自信のやうなものが揺らぐのである。そして自分を信じられなくなるのである。電池を落とせば音がする、気配を感じるだらうといふ自分の感覚に信頼がなくなつてゐる。落としたら気が付く筈といふ自分よりも気が付かないだらうといふ自分の方が勝つてゐるのだ。だから確認もしなくなるのである。留めは洗面所でのことである。化粧品を取ろうとして実物の方ではなく、鏡に映つた虚像の方を取らうとしたのである。流石にこれには自分でも愕然としてしまつた。いつたいこれは自分だけに降りかかつたことなのか、それとも他の人も似たり寄つたりの事をしてゐるのか。焼きの回つた自分が不安で仕方ない最近なのである。