策略に乗るな!

国民的喜劇?国民的悲劇?どちらなのか分からないが、まあ、どちらでも良いのだが、映画「男はつらいよ」の中でこんなシーンがある。御前様に仕事をしない寅次郎が説教される場面である。(御前様)「頭の弱いゲンだつて仕事をしてをる。お前もまともな仕事をしろ」(寅次郎)「頭が弱いから御前様に騙されて仕事させられてゐるんじやないですか」と切り返す。世間一般、つまり社会の流れなり歯車なりに乗つかつて生活をしてゐる人から見れば寅さんは困つた人の部類に入る。それでも世間はそんな人の存在を許してきたし、もつと積極的に言へば守つてきたと思ふ。寅さんも施されるだけでなく何らかの形で世間から受けたものを返してゐるのではないか。だからまるつきりの困つた人、受給者ではないのだらう。25年ほど前、僕がサラリーマンだつた頃にMさんといふ人がゐた。彼は当時40歳代だつたと思ふ。独身でいつも同じ身なりをし、滅多に風呂にも入らないので臭かつた。ギヤンブルが好きで、借金があり、給料を貰つても右から左。不憫に思つた取引先の人が靴を買つてくれるほどの貧乏ぶり。靴下を買ふ金もなく、冬でも素足にそれを履いてゐた。親が亡くなつた時、彼のお姉さんが式に出るために礼服代を彼に渡したのだが、彼はそれを持つて競艇場に走つた。結果は予想通りでスツカラカンになつた。寅さんとはだいぶ違ふのだが、彼も困つた人だつた。だが、不思議な事に誰も彼の悪口を言ふ人がなかつた。臭いのは皆が閉口したが、みんな笑つて許してゐた。彼の人柄なのか、会社の雰囲気なのか、そんな人でも包み込める時代だつたのか。政治家や役人が民衆同士を対立させるのは常套手段である。大昔から人と人を反目させたり、監視させ合つたりしてきた。国の財政が悪化したといつては老人だの生活困窮者だのが標的になる。確かに制度を悪用する輩の存在はある。だが、為政者達の目的は自らの金(税金)の使ひ方を棚に上げて納税者の目を逸らすことにあるのだらう。今の世の中、寅さんやMさんみたいな何だか許せてしまふ人も少ないのだらうが、困つた人々を憎悪させる策略に嵌つてはならない。