昔食べた杏の串刺し

あれだけ苦労して作つた杏仁豆腐もあと残りわずか。食べるのはあつといふ間だ。杏と言へば昔、駄菓子屋さんで買つた杏の串刺しは今でもあるのだらうか?僕はあれが大好きで駄菓子屋に行けば必ず買つた。確か当時の値段で一串五円か十円だつた。完全なドライ・フルーツではなく水飴がかかつてをり、適度な硬さに甘酸つぱさがあつた。今でもあれが売つてるのならば是非食べてみたいものだが、仮にあつたとしても五十面下げて駄菓子屋に買ひに行く勇気がない。普段その他のことでは随分と恥ずかしいことをしてる筈なのだが、こんなことになると変な年齢意識が働くのだから不思議である。話は杏からクワガタに飛ぶが、これにも今困つてゐる。といふのはクワガタの嫁探しをしてやつてゐるのだが、子供と違つて無邪気に林の中に入つて昆虫採集といふ訳にはいかない。おつさんが夕方林の中でウロウロする姿は他人には十分に怪しく写るに違ひない。「いや、実は今コクワガタの♂を拾つて自宅で飼育してゐるのですが、これが一匹では可愛そうなので嫁探しをしてやらうかと思つて」などとありのままに説明しても先ず無理がある。「さうでしたか。それならば私もひとつお手伝ひしませう」なんて理解のある御仁に会ふのは到底期待出来ない。胡散臭さうに遠巻きに観察されるか、正義感のある人ならば【不審者発見】と当局へ通報されかねない。さう言へば大概林の入り口には【不審者に注意】なんて看板がある。おつさんが純粋にクワガタを捕りたいだけといふのも俄かに信じ難い話ではあるが、それにしても今の世の中こんな馬鹿みたいな大人を許してくれないのだから生き難い。ノコが居た頃は何処にでも行くことが出来た。犬と一緒ならば何処でもフリーパスだつた。犬は人の心を無条件に武装解除させてしまふ。あと三日でノコの命日。