ドナドナ

生まれ育ちがあまり裕福でなかつたためか、肉をそれほど好まない。
特に牛肉は苦手で、食ふのは豚肉が主だ。焼き鳥も時々食らふことがある。
 牛肉の何が駄目なのかと考へるに先ずは臭ひだ。牛肉好き、または高いものを食したことのある人ならば、「それは君が安物しか知らないからだよ」と言はれるかも知れない。確かにそれはさうなのだらうと思ふ。豚肉にだつて臭みはある筈だが、馴れとは人を鈍感にするものである。未だかつて豚肉臭を意識したことはない。
 子供の頃、近所に養豚場があつた。豚肉臭は分からない僕だが、勿論、この臭さは分かつた。それでも前述のやうに馴れは人を鈍感にするものであるから僕の家をはじめとする近隣の人々は、この豚臭さにかなり親しんでしまつた筈である。
 梅雨時などはこの養豚場から出る臭気が特にひどくなるのだが、この辺りに住む人の感覚は、今日はいつもより少し臭ふなあといつたものだつたに違ひない。
 やがてこの養豚場も理由は知らないが廃業した。豚小屋の跡地にはマンシオンが建つた。
 大きく育つた豚は、ある日業者が来てトラツクに載せて運ばれる。その時豚は「ピキイ、ピキイー」と啼きながら抵抗するのだが、豚の首には縄がかかつてをり、それを車の荷台に載つた人が引つ張り上げ、一人は豚のお尻を押す。
 車に載せられた豚は覚悟が出来たのか騒ぐことはしない。
 小学校の時に習つた曲に「ドナドナ」がある。
 僕のドナドナの中の動物は子牛ではなく、豚である。