そこかしこに潜む影

 昔は自宅で亡くなるのが普通だつた。
 今は殆どの人が病院で亡くなる。 
 以前こんな話を聞いたことがある。
 病院で死ぬことが多い。言ひ換へれば入院しなければ死なない。
 確か、上岡龍太郎氏の言葉だつたと記憶してゐる。
 
 人の死に関して自分の経験を思ひ出した。
 病院で亡くなつた人が少ない。
 朝起きてこなかつたので覗いてみたら亡くなつてゐた人
 車の運転中、信号待ちの間
 自ら命を絶つた人
 会社に出勤した直後
 他人に命を奪はれた人

 入院して亡くなつた人が少ない。
 死神は病院よりもその外の場所に潜んでゐる。
 つまり、病気ぢやないから大丈夫と言へないのだ。
 さう考へると他人事ではなくなる。
 明日があると疑はなかつた日がぐらぐらと揺らぐ。

 今週の初め知人からの訃報があつた。
 彼の父親が亡くなつた報せだつた。
 彼の言葉は
 「朝、親父を起こしに行つたら息をしてなかつた」
 といふものだつた。