分からない


小学生の頃、森鴎外の『高瀬舟』という小説を読んだ。正確にいうと担任に読まされたというのが本当のところだ。そしてこの小説のテーマとなっている”安楽死”について僕らは自分の考えを発表しあった。僕は「如何なる理由があろうとも安楽死は認められない」といった反対派の急先鋒だったことは憶えているがどんな論理でそう主張したのかは憶えていない。ではあれから何十年も歳をとった今はどうなのか。反対といえば反対だし、賛成といえば賛成といったどっちつかずの立場だ。正直言って色々なことが分からないのだ。普段の生活に支障をきたすような細々とした事柄についての判断は普通に出来ているつもりだ。だが問題が大きかったり、直接自分に関係なかったりすると分からないことだらけだ。問題が複雑だったり、高度だったりするということも分からなくさせる要因ではあるが、僕が判断不能に陥る最大の要因は別のところにある。それは今の風潮や常識といったものがどうも僕の知っている、僕が肌で感じてきたそれらと乖離してきていることにある。何も僕が常識人で他の人達が非常識だなんていうつもりはまったくない。だが、どうも僕の知る常識や風潮は錆付いてきているのかまるで今の世と重ならなくなってきている気がするのだ。僕がボケ始めているのか、「赤信号みんなで渡れば怖くない」と言ったタレントの言葉が現実になりつつあるのか。考えてみるのだがやはり分からない。