蛇足、おしゃべり

昨日、一昨日と首を捻りたくなるような裁判の判決があった。一昨日はガン患者を原告とする混合診療についての判決。(注)ガンという表記をここではカタカナ表記にしているが、癌とがんは厳密には違うらしい。医学的な違いについてはこのブログの本筋とは関係性が遠いと考えるのであえてカタカナ表記で統一した。 原告は自らガン患者であり、保険診療自由診療を併せて治療していたのだが、このうち自由診療については国の認めた治療方法の範疇外にある治療だった。このためすべての治療費は自由診療扱いになっていた。これを不服とした原告が保険診療の部分についてまで自由診療として請求されるのはおかしいというのが申し立ての主意だった。判決は「国の財政面云々〜」という言い訳をしながら原告敗訴というものだった。裁判官は国のお役人だから国のことを憂うことはあるだろうが、司法と行政は独立しているのは小学生でも知っている。司法の人間は司法の立場に立って判断するのが当たり前である。それを行政の立場を慮ってかどうか知らないが財政云々と述べるのは筋違いもはなはだしい。またそんな理由は法的根拠を伴っておらず屁理屈、蛇足、おしゃべりのレベルの話である。昨日の判決は先の衆院選における一票の格差についてのものだった。結果は原告敗訴、然しながら判決の後「格差は違憲とまではいえないが早急に是正されるべき云々〜」とお茶を濁すようなおしゃべりを続けた。司法の無能さを隠すためにそういった何ら法的拘束力のない蛇足を付け加えたとしか言いようがない。格差の存在を認めて是正されるべきと考えているのならば原告の主張通り違憲判決を出せばいいことである。僕は元々裁判に正義や道理を求めてはいない。白いものも多数決を経れば黒くなる。だからあくまで裁判は「どちらかに決める」場であって真理だの正義だの道理だのが行われる場ではない。だが、この2件の裁判ではその決めるという彼らの職務さえも放棄した判決だった。判決は司法の無能ぶりを映し出しただけだった。