化粧

柳亭痴楽の落語「ラブレター」の枕に若い男女の有利な点、不利な点といふのがある。女性の有利な点は「声」だと言ふ。ウグイスが味醂を舐めたやうな声、と実に巧い表現をした。では不利な点は何か。「化粧」だと言ふ。男性は朝仕事に行くぎりぎりの時間まで寝てゐられるのに対し、女性はこの化粧があるために早く起きる。化粧品代もかかる。何時、誰が決めたことなのかは判らないが女性は外出する前に化粧をする。普通は自宅でするものなのだらうが、最近では電車の中がパウダー・ルームになることもある。以前夕方の電車内で化粧をする若い女性を見かけた。最近ではよく見かける光景である。彼女の母親くらひの年齢の女性が彼女に「電車の中でお化粧はやめなさい」と優しく注意した。すると若い女性は「誰にも迷惑かけていない」と顔を紅潮させて反論した。確かに電車内での化粧は誰かを傷つける訳でもなく、誰かの行動を邪魔する訳でもない。だが、迷惑かさうでないかは本人の決める事ではないだらう。多くの場合その判断は他人がするものだ。世の親たちは人の迷惑にならなければ何をしても自由だと子供の頃から言つてきた。だが、何が迷惑なのか、何が悪い事なのかを教えることは疎かになつていやしないだらうか。若い彼女の声はとてもじやないが、ウグイスが味醂を舐めたやうなものではなかつた。