お登世

相変はらず北原亜以子の「慶次郎縁側日記」シリーズを読み続けてゐる。先月古本屋からどつさりと買い入れたのだが、それも残り少なくなつてきた。小説を読むといふことは頭の中で映像化することでもあるのだが、北原氏の作品はその作業が特に楽しい。巻末の解説でも書かれてゐるが色、匂い、温度などがとにかく鮮やかなのだ。映像的であるが故にテレビ化された時には制作スタツフが苦労しただらうと思はれる。テレビでの配役は確か慶次郎役が高橋英樹だつた。僕個人はこれに異論があつて中村吉衛門の方が適任ではないかと思つてゐる。高橋英樹では少しばかり慶次郎が清潔過ぎるやうな気がするのである。酒や女性に絡む話では特にさういつた気がしてならない。同じ寮に寝起きする佐七は笹野高史では如何だらう。かうやつてあれやこれやと登場人物を現実の俳優、女優に当て嵌めながら空想の中に遊ぶ。何だか監督にでもなつたやうな気分になる。それにしても人物から背景、台詞回しまで実によく描かれてゐる。仁王門前町の料理屋、花ごろもの女将であるお登世には馬鹿馬鹿しいとは思ひながらも恋心さへ覚へる始末である。さあて、お登世は誰に役を回さうかと考へるのだが、頭の中にイメージはあつても現実の人間を当て嵌めやうとするとその輪郭はぼうとしてしまふのである。