セミ

人間に一番最初に訪れる危機的状況とは出生時ださうである。数へ切れない程繰り返されてきたこの行為ではあるが、今でもこの時はとかく事故が起こり易く場合によつては重い障害を残したり、死亡にいたることもある。冒頭に人間に〜と書いたが、これは他の生物にも言えさうである。今朝、庭の水撒きをしている時のことである。アスフアルトの上に茶褐色の4糎ほどのものがあつた。どこぞの愛犬家が犬のトイレの始末をせずに置いていつたのだらうと思つたのだが、よく見てみるとセミが羽化する途中であつた。拾ひ上げてみると頭の部分が欠損してゐる。あと少しで成虫にならんとする前に鳥にでも食はれてしまつたのだらう。七年もの月日を土中で過ごし、やつと短い夏を謳歌せんとする直前の悲劇である。彼には自然に意義を唱へる術はないのだが、僕は虫とはいえさぞ無念であつたらうと想像する。天寿を全うしたかつたに違いない。僕は植え込みの中に彼をそつと置いた。