近頃の作家様といつたら

僕は凝り性なのか、偏執的なのか、一度気に入るととことんそれにのめり込む傾向がある。だから読む本の数に比して作家の数はそれほど多くはない。一人の作家の書く作品を読みつくすまで次に移らないので本棚にはまるで全集ばかりが並んでゐる様になる。読んだことのない、自分にとつて新しい作家に挑戦することは少ないので保守的とも言へる。ところで いつたい何時ごろからなのだらうか。今の時代は昔に比べて作家が多すぎる気がする。僕の考へる昔とはたかだか30年前位のものである。当時からするとぽつと出の人がばかに増えてしまつた。書き手の数が増産された分中身の質が向上したわけではない。むしろ低下したのではないか。粗製乱造といふやつだ。例えば作家の道具である言葉の使ひ方ひとつをとつてもいただけない。今の若い作家の本で辞書が必要な作品はどれほどあるだらうか。何も難しい言葉を選んで使ふ必要はないが、それにしても素人言葉の羅列で出来た文が目立つ。プロの道具と素人の道具は違つて当然だと思ふのだが、今時はさうでもないらしい。話の舞台となる地域や背景の描写も稚拙なもの、端折つたものばかり。絵で言ふところのデツサン力が乏しいのではないか。これではストーリー・テラーではあつても文筆業ではないだらう。知らない言葉や言ひ回しを僕はずいぶんと本から教へてもらつた。小説の中に出てくる見知らぬ場所に思ひを馳せたことも度々あつた。然しながら最近の作家ではその辺りの力が落ちてしまつたやうに思へてならない。