小さな旅

車のワイパーを見ているとふと感じることがある。雨の日の信号待ちなどの時、規則的に右から左へと窓を拭いていくワイパーの動作を見ていると「偉いなぁ」と思ってしまうのだ。毎回不平、不満も言わず同じ場所を行ったり来たりするワイパーに満員電車に揺られて仕事へ向かう会社員の姿が重なるのだ。ワイパーだから文句は言わないが会社員諸氏にはこんな生活に小さな抵抗をしている人もいるらしい。今朝のラジオで会社員を何十年と続けている人の話を紹介していた。彼は今まで定期券というものを買ったことがないという。普通の券売機で切符を買うよりも定期券を買った方が安い。そんなことは彼も承知している。だが、乗る駅、降りる駅が指定されている定期券にどうにも我慢がならないのだという。会社から出る交通費は定期券代の金額だから足りない分は自腹ということになる。損をしていること分かっているが定期券は嫌なのだと話していた。そう言われてみれば何となく彼の言い分には共感が持てる。スーツを着込み、書類の入った鞄を持って毎日同じ時間に同じ電車に乗る。切符ならば金額の区間であればどこで下車してもいいわけだ。乗り越しの金額を払えば更に遠くまで行くことが出来る。実際は会社のある駅で降りるにせよ、そうするかしないかの毎日の判断は自分に委ねられていると言えなくも無い。これは定期券では味わえない楽しい緊張感である。ラッシュの電車の中、今日の彼の心はどこに遊んでいるのだろうか。握り締められた切符は彼を何処に運ぶのだろう。