さらば!紋重郎殿

愉快な男に出会つた。生業は結師。名を漢部紋重郎と言ふ。実在の人物ではなく、石月正広氏の時代小説の中の主人公である。実に久しぶりの嬉しい出会ひだつた。長く付き合へればと思つてゐたのだが、【笑う花魁】【握られ同心】【糸のさだめ】の三部作の最終巻となる【糸のさだめ】を読み終へてしまつた。男は愛する女性と共に和蘭へと旅立つた。これで男の話を聞けなく(読めなく)なつた。残念なことは間違ひないのだが、不思議と僕の心持は爽やかなのだ。弟子に言ひ残した言葉「いつかお前も来い。その前に俺が帰つてくるかもな」に幾ばくかの再会の期待をしつつ僕は次の作品【羅生門河岸心中】を手にした。