古本奇譚

僕の本の読み方はある意味ストーカー的である。一度気に入るととことんその作家の作品を追いかける。だが、他の本に見向きもしないという訳ではない。誰と歩いていようと美女とすれ違えばチラッとくらいは見てしまうのと同じでお気に入りの作家の本を読みながらも目にとまった他の本を買ってしまう。だから積読本がどんどん増えていく。ひどいものになると買ったことさえ忘れてしまい「この本は誰が買ったんだ?」などと悩むこともある。話を戻そう。そんな訳で僕の読み方からすると一冊の中に何人もの作家の作品が載っている本というのはまず買うことがない。これはこれで不幸なことで多くの優れた作家との出会いを自ら閉ざしているともいえるが性分だから仕方ない。ところが最近思わぬ本との出合いがあった。ぼくとは縁遠いと思っていた一冊に何人もの作品が入っている本との出会いだ。『日本の名随筆』別巻12【古書】紀田純一郎 編 作品社刊がそれだ。読んだことのある作家、名前しか知らない作家、作品も著者も知らない作家など総勢36人の古書についての随筆集だ。どれも優れた随筆で名文である。格調さえ感じる。まだ全編読破していないが、その中でも特に感動した話を紹介する。出久根達郎の【古本奇譚】である。話は古本屋を営む著者のもとに未知の女性から手紙が来る。実に下手な字でおまけに文章も拙い。小学生の書いたものと思ったが実は二十四歳の女性であった。彼女が言うには佐野良夫という男性と知り合いになった。佐野氏が著者の店で買った本に愛読者カードが挟まっていたことが縁だという。佐野氏はその愛読者カードを書いた女性に手紙を出したらしい。見知らぬ男からいきなり手紙を貰ってこの女性は驚いた。この女性は九州に住んでおり、確かにこの本を売ったのだが、九州で売った本がどうして東京の店に並んだのか不思議に思った。彼女が本を買い、愛読者カードを書き、それを出し忘れ、そのまま本に挟んだまま売り払い、巡り巡って九州から東京の著者の店に並び、そこで佐野氏がその本を購入し、愛読者カードを見つけ、手紙を出したということになる。これだけでも奇譚である。だが、話はまだ続く。佐野氏と彼女はこうしてこの本をきっかけに一年あまり文通を続けた。そして彼はこの女性に結婚を申し込んだ。然し彼女は「私は結婚出来ない体ですから」と言って断った。それでも彼は「結婚はお互いの魂だけでも出来る」とすごいことを言い出し、結局相手の熱意に結婚を承知した。こうなれたのもあなた(著者の)店のお陰だという。そして彼女からの手紙はこう結んであった。「よみ苦しい手紙になりましてごめんなさい。私は五さいの時からカリエスでねたきりで学校にもいかずでもご本がすきでしたから、うんとよんで字をおぼえました。けっこんしたらこんどは彼におそわってうんと美しい手紙をかくようにします。たくさん字もおぼえます」 結婚式当日、著者は彼女に祝賀の電報を打った。