知恵

本の題名は忘れてしまったが、異色のミステリー作家である京極夏彦氏の作品の中に興味深い記述がある。犯行の動機について語ったものなのだが、氏は物語の中で事件を解決していく通称拝み屋にこう言わせている。「動機とは犯罪を犯す人間にとっては必ずしも必要なものではない。むしろ無関係な人間にこそ必要なものなのだ」といった意味のものである。一般に犯行の動機とはその犯罪を犯す人間を突き動かす理由と解されている。然し氏の捉え方は逆方向からのものだ。動機が理解出来なかったりすれば無関係な人間はとてつもない不安に陥る。犯行に動機が無かったり、理解出来なければ防ぎようがないからだ。危険な場所や状況を予め情報として持っていることにより人はよりリスクを回避出来ると信じている。間違いではないし、そういう危険に対する知恵はむしろ必要不可欠なものである。犯罪だけでなく事故も同じである。安全、便利は結構なことだが、そのことを他人に任せることにより、自分自身や子供を守る知恵がなくなってきているように感じる。エスカレーターや回転ドア、食品での事故は繰り返される。世の中は「素晴らしい」と教えるのも親や先輩達の仕事だが、同時に自分で自分を守ったり、危険を回避する知恵を教え込むのも重要な仕事だと思う。 子供の日に寄せて。