瞳 コンタ50mmレンズ

先々週からまたカメラの整理を始めだした。整理とは手元に残しておくものとさうでないものの選別をし、残さないものは売るといふことなる。昨日はコンタツクスのNシリーズが候補に挙がつた。ご存知のやうにNシリーズはコンタツクス最後のオート・フオーカス・カメラである。先ずN1が発売され、その後弟分のNXと続いた。N1,NXとも質感、機能でニコンキヤノンには及ばないもののRTS?以来新機種を出さなかつたコンタツクスが満を持して送り出したカメラだつた。ただ如何せん発売時期が悪かつた。あまりにも遅すぎたのだ。カメラのAF化に伴ひレンズのマウントも変へた。コンタのユーザーは長い間待たされた挙句、今までのレンズ資産をN1やNXで使ふ事が出来なくなつた。技術的な問題や商売としての思惑があつたのだらうが、Nシリーズを使ふにはレンズもすべて新しいNマウントのものを買はねばならなくなつたのだ。そしてカール・ツアイスの銘が冠されたレンズはいずれも値段が高い。果たして京セラの思惑は外れてしまつた。Nシリーズはさしたる販売実績も残せなかつた。新し物好きでコンタユーザーだつた僕はN1をメイン、NXをサブにと2台を買つた。レンズは28−80と24−85のズーム、50mmの3本である。僕はこのNシリーズを処分しやうと思つたのだ。理由はNシリーズの目を覆ひたくなるやうな値落ちである。どうせ売るならば高値でと考へるのは人情である。大事な娘(=カメラ)を安売りしたくはない。今でも悲惨なほど値崩れしてしまつてゐるのにこれ以上下がることはあつても上がることはなささうである。僕はドライ・キヤビからボデイやレンズを取り出し、動作確認をした。どれも問題ない。次にレンズの状態確認である。元よりカビなどあるはずないのだが、一応確かめて見る。ズーム・レンズまでは順調に作業は進んだ。問題は50mmの時だつた。大きく明るいレンズを眺めてゐるうちにレンズが瞳に思へてきたのだ。その瞳は僕に無言で訴へた。頭の中で高村光太郎の「いやなんです あなたのいつてしまふのが」といふ詩が浮かんだ。僕の気持ちは一気に萎へた。コンタGシリーズにホロゴンといふレンズがある。このレンズを魔性の瞳と形容する人がゐる。Nマウントの50mmの瞳は何と表現したらいいのだらうか。売る方向だつたNシリーズは見送られ、今は50mmレンズに相応しい表現を考へてゐる。